赤穂浪士所縁で有名な「花岳寺」前には「加里屋道路元標跡」碑が、赤穂町道路元標は元はここにあったとの事ですが、「加里屋」とは行政区分としての町村名ではなく、この付近の地名です。
加里屋道路元標跡
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https://canpal.blog/2007/10/1102
橿原神宮前の植え込みの中に放置されている謎の「橿原道路元標」、「橿原市」ではなくただの「橿原」である。 なお橿原市は昭和31年に2町4村が合併して成立している(その後2村が編入)
藤原勝永著「兵庫県の道路元標」では’御国野村道路元標’の項で紹介されているが、明治時代の木柱で姫路城内に保管とあるので里程標ではないかと。
2009年穴蔵さんのHPに紹介されたのですが、自治体として「赤穂郡塩屋町」が存在した事はなく、「赤穂郡塩屋村」が単独で町制をしく事はなく昭和12年に「赤穂郡赤穂町」に編入されています。 最初は地元自治会か何かの手により、最近になって復元されたものかと思っていたのですが、裏面には「兵庫縣」とあり状態も近年復元された様には見えません、私の想像では明らかに「赤穂郡塩屋村」だった頃に建てられたものではではなく、赤穂町となった昭和12年から戦後にかけた辺りで建てられたものではないかと思うのです、いかがでしょう、